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最近、榑ヶ畑に憑りつかれておりまして、いろいろと昔の資料を探しています。
この本はもうおなじみですが…
さらに詳しい「字名」がわかる資料を探していたところ、以下のようなものが見つかりました。
近江国坂田郡百三十三ヶ村之内耕地絵図 榑ヶ畑村 (彦根県作成)
[彦根県作成とあるので、廃藩置県により彦根県が誕生した明治四(1871)年旧暦7月14日から、長浜県に統合された同10月10日までの間に作成されてものと思われる]
および
近江国各郡町村絵図 坂田郡榑ヶ畑絵図
(榑ヶ畑村作成)
[年代不明 耕地絵図と同時期か…]
特に1枚目の耕地絵図には細かく字名が記入してあるので、以前から個人的に問題となっていた『シブラ・板ノ原・トチビラ・三谷・小谷』といった場所を現在の地図上で同定することができました。
また『湖東湖西の山村生活〜』に「小字綾戸のサンマイ」で火葬を行ったという記述があり、墓地のあるあたりがその綾戸という地名だろうと考えていましたが、やはりそうであることがわかりました。
なお、「サンマイ」というのはなんじゃろか?と思っていたのですが、これは「三昧場」つまり火葬場のことであろうと、ある方に教えていただきました。
同書にもうひとつ興味深い記述があります。大正10年10月に養鱒場から榑ヶ畑まで車道を作ることになったわけですが「大変な難工事で・・・いま、字水汲というところの岸壁に「誠貫」と刻まれているのはこの道路の開通記念標である」という記述です。
つまりみんな大好き(かどうかは…知らんけど)林道榑ヶ畑線には岩に刻まれた開通記念碑があるということです。
絵図によって「字水汲」のおおよその位置はわかりました。この「誠貫」と刻まれている林道標を探しに行きたいと思っております。
ちなみにこちらは近江国犬上郡百二十八ヶ村之内耕地絵図 五僧村
例の測點標に刻まれた「字立分峠」の謎がわかるかもしれません。
このほかにも、多賀の廃村の明治初年の絵図がすべてそろっておりました。
以上、ほぼ備忘録でした。
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